今日は、道場が1995年に出版した「六三郎だんくら人生」の中から、親父さんの初恋について抜粋します。親父さんは、17歳のとき知り合いの魚屋の手伝いをするところから、料理の道に入ったと聞いていますが、何事にも熱心で真剣に取り組む性格は当時からのもののようです。
『やがて、世の中も少しずつ上向いてきて、笠置シズ子の「東京ブギウギ」なんかがラジオからにぎやかに流れていた。
私の初恋はちょうどこの頃だった。相手は看護婦さんだった。
国立山中病院にときどき入院患者のための食事の材料になる魚を運んでいた。たまたま調理場に魚を運んでいるとき、居合わせた看護婦さんに魚の名前を聞かれ、顔をあげて答えるととても可愛らしい人で、思わずポーとなってしまう。
一目惚れだった。可愛くて、綺麗で、私より年上だったが、こっちはもうぽーと舞い上がってしまった。生意気ではあっても、まだ17歳の田舎の少年。純情きわまりないわけで、いざとなっても手も足も出ない。遊郭へ行って女を知らなかったわけではないが、惚れてしまうともう何もできなかった。ただ、病院に魚を届けては彼女を見たとか見ないとか、他愛もないことに一喜一憂するばかり。何とか、こちらに興味を向けようと給料をはたいて当時としては高額の350円のコンパクトを買ったものの、自分では渡すことができず、肉屋の親父さんに橋渡しを頼んだ。ところがその後は無しのつぶて。うぶな初恋もはかなく消えて、ふるさとを離れる決心もついた。
※ 今年2月、この国立山中病院の院長の依頼で日本静脈経腸栄養学会の全国大会で講演をさせて頂きました。演題は「料理と人生」です。人の縁は不思議ですね。
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