昨日の正午過ぎ、突然親父さんがろくさん亭にやって来ました。
いつものように手紙のチェックを済ませたあと、私とスケジュールの確認をしながら、自ら愛用のアイホンでスケジュールを入力してゆきます。
そして、調理場の皆を集めて話が始まりました。
まず「俺に質問ないのか、何でもいいんだぞ!」と
次に「俺と一緒に調理場に立って働いた者も、少なくなったよなあ」と一言
「だからこそ、こういう機会に分からないこと聞かないと」と
弟子の一人から「お客さんが立て込んで、煮方の仕事が上手く回らなくなると焦ってしまって」と言う、質問とも自戒とも取れる言葉が
「それは、気持ちをどう整えるかだな。あらゆることを想定して準備しておくことは勿論だけれど、追われる仕事の中にも自分を磨く要素がたくさんある。お客様の数と献立を頭の中に叩き込んで、絶えず考えながら、時には人の手を借りることも必要だろう」
そして「前もってできる仕事と、間際でないとできない仕事の区別をきっちりつける。
ふきん一つでも、洗ってきっちり絞り、きれいに畳んで重ねて置く。 ふきんがいつでも使えるようになっているだけでも、仕事はやり易い」と
こうした事は時々あるのですが、その日の親父さんは何か胸に記するところがあってやって来たように思いました。
あれこれ思い悩むと言うよりも、その時の直感に従い、その時に感じたことを、その時の言葉で話す。親父さんは何事にも真剣です。
「自分の給料に見合う仕事ができているかどうか、日報を付けて検証しろ」
「客席から調理場を見て、お客様にどう見えているのか、それが分かれば自ずと調理場の掃除にも力が入るはずだ」
「上の者3人で、一日調理場をまわしてみろ。そうしたら下のものが居てくれる有り難さが良く分かるようになる」
親父さんが帰った後、調理場の下の子と少し話をしました。
親父さんの優しい思いが胸に沁みたようで「親父さん優しいね」と声をかけると、「本当に優しいです」と温かな笑顔を返ってきました。